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私の一言   MY SHORT TALK
 
 物部康雄   YASUO MONOBE  
  権威を疑う


63.税金の垂れ流し

2018/2/28




62.区分所有建物の
    固定資産税

2017/7/28




61.わけの分からぬ家族信託

2017/3/8




60.呆れるしかない広島訪問

2016/5/31




59.さらば民主党

2016/3/28




58.越後湯沢の惨状

2016/3/7




57.権威を疑う

2016/1/25



56.年間200億円

2015/12/15




55.小仏トンネル

2015/8/6




54.18歳で選挙権

2015/4/20










自分が、いつの頃から、こんなに一般に権威的とされるものを疑うくせがついたのかと考えてみたところ、面白いことに気がついた。今日は、そのことを、少しお話ししたい。

私の名前は、ちょっと、古めかしい。正式な古文書があるわけではないが(あったのかもしれないが、ずいぶん前に、田舎の蔵が壊れて、すべてを処分してしまった)、分かる限り、ズーと昔からこの名前を名乗り続けているので、遡れば、いわゆる物部一族のなれの果ての一人なのだろうと思う。その物部氏だが、今でこそ、少し興味をもって別な視点から見られることも増えきたように思われるが、私が小学生のころは、社会科の最初の時間に、「聖徳太子に刃向って、蘇我氏に滅ぼされた一族」として、まるで日本で最初の悪い奴・敗者のように簡単に片付けられていた。それは、学校でも、一般社会でも、似たようなものであった。子供心に、面白くない、と思ったものである。

その後、自分のルーツであるかもしれない一族のことは、どうしても気になり、折に触れ、調べたり、考えたり、をしてきた。そのことは、またの機会にでも、話したいと思うが、それとは別に、権威的なものを疑う習性というのは、この小学校の時の体験が大きく影響しているのではないかと、最近になって思い始めている。教科書に書かれたことに刃向うわけにはいかないが、子供心に納得できない気持ちがあり、それが、常に、私の中で生き続けていた気がする。いつも、何でやねん、とつぶやいて。そういう素地があったからだと思うのだが、20代の半ばごろだったと思うが、大阪の八尾市と言うところに、物部守屋の墓があると聞き、そこを訪ねたことがある。 それほど大きくはないが、街道沿いに一画が立派に管理された墓地があり、又、毎年その命日とされる日には、多くの人が集まって式典を催していると聞き、「(教科書の記載は)何か、おかしい」とはっきりと意識したことを思い出す。「そんなに悪人とされたのなら、これほどの長い期間、このように大切にされるわけがないじゃないか」と感じたわけである。

その意味では、私の権威的なものに対する懐疑主義は、小学校3年生ごろから始まっているのであり、良く言えば、筋金入りであり、悪く言うと、病的と言えそうである。 その所為かどうか、大きくなってから何か議論をしていても、他の人とは前提とするものが違っていて戸惑うことが多くあった気がする。常に、人や社会が(当然の)前提としていることを自然に疑ってしまっているのである。そして、それは、今も変わらずに続いている気がする。それによって、相当、損をしたなと思うこともあるし、お蔭でこれまで自分らしさを失わずにこれたな、と感謝することもある。



























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